【工務店経営の勘違い #02】高い目標を掲げるほど、社員のやる気が下がる理由
私も、そうでした。
会社を経営していた頃、ある年の経営計画発表で、私は「売上前年比150%」という目標を掲げました。地域で一番の工務店になるためには、これくらいの数字は当然だと思っていました。発表の場では拍手も起き、社員もついてきてくれると信じていました。
ところが、数か月もしないうちに、社内の空気が重くなりました。
私はこう間違えた ── 数字を聞くと、社員が下を向くようになった
営業会議で進捗を聞くと、担当者は資料に目を落としたまま「頑張ります」「なんとかします」と答えます。見込み案件の数字は月末が近づくほど大きくなり、翌月にはしぼんでいました。
現場も同じでした。棟数が増える前提で段取りを組むよう伝えても、監督たちは黙ってうなずくだけで、何をどう変えればいいのか誰も口にしませんでした。
私は、社員の本気が足りないのだと思っていました。しかし、それは違っていたのです。
なぜそうなるのか ── 翻訳されない目標は、プレッシャーとしてのみ機能する
問題は目標の高さではない
目標が高いこと自体が問題なのではありません。問題は、目標が社員一人ひとりの仕事に翻訳されていないことです。
「売上150%」は、社長にとっては意志の表明です。しかし社員にとっては「今の自分では足りていない」というメッセージにしかなりません。何をどう変えればいいのか分からないまま、足りていないという感覚だけが積み上がります。翻訳されない目標は、道しるべではなく、プレッシャーとしてのみ機能するのです。
未達が「隠すべき失敗」になる
前回(#01)では、失敗を許さない空気の中で、部下は「失敗しない方法」ではなく「失敗が見つからない方法」を学ぶと書きました。翻訳されない高い目標も、同じことを別の経路で引き起こします。未達は失敗であり、失敗は見つかってはいけない。だから報告は遅れ、見込みは盛られ、会議では誰も本当のことを言わなくなります。
目標を下げられなかったのは、社長の体面だった
では、なぜ私は目標を下げられず、翻訳する手間もかけられなかったのか。理由は体面と承認欲求でした。社員の前で「この目標は高すぎた」と言えば威厳が崩れる気がしましたし、金融機関や同業者の前で掲げた数字を引っ込めるわけにはいかないと思っていました。そして何より、「どうすれば達成できるのか、実は自分にも分からない」とは、誰にも言えなかったのです。
ここに、この連載で繰り返し扱う問題があります。社長自身の心理的安全性です。社長こそが「分からない」「不安だ」「間違えた」と言えない。言えないから、数字を掲げることで不安を覆い隠す。その数字が、社員の口を閉ざしていきます。
何社にも共通していた ── 翻訳されない目標は「見えざる負債」
20社を超える工務店の経営者と勉強会を重ねる中で、同じ構造に何度も出会いました。
- 目標の数字は立派だが、「その数字の根拠は」と聞くと、社長自身が答えに詰まる
- 「社員が数字に無関心だ」と嘆く会社ほど、個人の行動にまで落とした目標が存在しない
- 「現場は分かっていない」と語る社長ほど、自分の不安を誰にも話せていない
社員の側から見ると、景色はまったく違います。数字の意味を尋ねれば、やる気がないと思われる。無理だと言えば、否定的だと思われる。だから黙る。黙っている社員を見て、社長はさらに危機感を強め、数字を強く語る。この循環は、誰かが悪いから起きるのではありません。構造が、社長と社員の双方から言葉を奪っているのです。
決算書を見ても、この問題は見えません。しかし報告の遅れ、盛られた見込み、黙り込む会議は、確実に会社の価値を削っていきます。翻訳されない目標は、見えざる負債なのです。
だから、こう考える
1. 目標を社員一人ひとりの言葉に翻訳する
- 売上を行動の単位まで分解する ── 売上は棟数に、棟数は契約数に、契約数は商談数に、商談数は来場数に。営業担当なら「今月何組と会うか」、監督なら「工程のどこを何日縮めるか」まで落とします。
- 社員に自分の言葉で言い直してもらう ── 言い直せない目標は、まだ翻訳されていません。
- 翻訳できない数字は、下げる勇気を持つ ── どう分解しても行動に落ちない目標は、目標ではなく願望です。
私自身、翌年の計画では数字を掲げる前に、各部署の担当者と一人ずつ話す時間をつくりました。「この数字は、あなたの仕事では何を意味するか」。最初はぎこちなかったものの、話すうちに社員の口から具体的な行動が出てくるようになりました。目標の数字そのものより、この対話のほうがはるかに会社を動かしたのです。
2. 社長が弱音を吐ける場所を、社外に持つ
社内で無理に弱音を吐く必要はありません。しかし、どこにも言えない状態を放置すれば、その不安は高すぎる目標や黙り込む会議という形で社内に流れ込みます。利害の絡まない相手に「分からない」「不安だ」と言える場所を持つことは、社長個人のためではなく、会社のためです。
おわりに
決算書に載らないものが、会社の値段を決める。
社員のやる気を下げていたのは、目標の高さではありませんでした。翻訳されないまま掲げられた数字と、それを下げられなかった社長の心だったのです。
次回は、「属人化が本当に怖いのは、業務が止まることではない」というテーマを取り上げます。
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